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大阪地方裁判所 昭和37年(ヨ)1162号 判決 1964年5月08日

申請人 山田勝重

被申請人 日本通運株式会社

主文

被申請人は申請人を被申請人の従業員として取扱え。

被申請人は申請人に対し金六六四円及び昭和三六年五月二二日以降本案判決確定まで、毎月二五日限り一ケ月金三三、八四〇円の割合による金員を支払え。

その余の申請人の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

事実

第一、当事者双方の申立

申請代理人は主文第一、第四項と同旨及び「被申請人は、申請人に対し、昭和三六年五月九日以降本案判決確定まで毎月二五日限り一ケ月三三、八四〇円の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

被申請代理人は「申請人の申請を却下する、申請費用は申請人の負担とする」との判決を求めた。

第二、申請人の主張

一、被申請人は肩書地に本店を置き、大阪市北区梅田九二番地に大阪支店を、その他全国各地に支店を有し通運業を営んでいる株式会社であり、申請人は昭和三一年七月九日臨時運転助手として被申請会社に入社し、爾来大阪支店車輛課に所属し、同三二年一〇月一日運転助手として本採用になり、同三三年六月一六日自動車運転手となり、かねて貨物自動車に乗車勤務し、毎月一五日締切にて当月二五日賃金の支払を受けていたが、同三六年二月から同年四月までの右賃金支払日に支払を受けた平均賃金の月額は金三三、八四〇円である。

ところが被申請会社は申請人に対し、同年五月八日申請人を休職に処する旨の意思表示をし、同日申請人に到達し、同三七年六月一六日申請人を同月一五日付をもつて解職にする旨の意思表示をし、同月一七日申請人に到達した。即ち被申請会社は、申請人が昭和三五年四月以降約一年間の長期に亘り、およそ連日、一日午前と午後の二回、被申請会社の貨物自動車に乗務作業中無断で私用のため、運行経路外にある大阪市北区牛丸町六四番地関西労音倶楽部(別紙図面青色四角点)と同市大淀区大仁本町二丁目五二番地浜田富男方(同図面青色三角点)に立寄つていたとし、右の行為は事業場の秩序を著しくみだしたものであり、懲戒に値するとの見解のもとに、申請人を懲戒委員会の審査に付し、被申請会社とその従業員により組織された全日通労働組合との間で締結された労働協約第四七条第七号、第五〇条第一項本文(内容は別紙記載のとおり、)を適用して申請人を休職に処し、以降の賃金の支払をとめ、そして、懲戒委員会の審査を経て、右申請人の行為が被申請会社の就業規則第八四条第三、第八、第九号、第八三条第三号(内容は別紙記載のとおり、)に該当するとし、同規則第七〇条第一〇号の従業員に「その他重大な事由があると認められるとき」とする普通解職条項により申請人を解職にしたのである。

二、しかしながら本件休職中の右賃金不払は違法であり、申請人は賃金請求権を失わない。その理由は次のとおりである。

(一)  被申請会社が申請人を懲戒委員会の審査に付し、審査の対象とした申請人の行為は、従前申請人ら運転手に職場慣行として明かに許されていたものであるから、本件休職処分はこれが前提要件である職場秩序をみだしたとの嫌疑もないままになされたこととなり無効である。即ち申請人はなるほど被申請人主張の期間、その主張の集荷所、荷扱所に配属されその主張のような作業に従事中(被申請人主張第四項(一)参照)、アカハタ(新聞)受取りのため前記関西労音倶楽部に同三五年四月から同年九月まで週一回、同年一〇月から同年一二月まで週一、二回、同三六年一月から同年四月初めまで週二、三回立寄り又右アカハタを配付のため同年一月から同年四月初めまで前記浜田方に週二、三回立寄つたことはあるが、それはいずれも梅田駅から中津車庫に帰庫する途上のことであつて、一回一分以内の程度であり、各立寄り場所も右区間の往復において運転手の裁量に委されている運行経路の沿道にある。元来被申請会社においては、申請人等運転手もその休憩時間は正午から午後一時までとなつているものの、現実には荷物の動き次第では正規の時間に休憩することができず、いわゆる「荷物待ち」といつて荷物の積込み、積卸しを待つ間を利用して休憩することを余儀なくされる実状にあり、従つて運転手の休憩は自己の判断で適宜の時間にとり、場合によつては自宅で食事をし、喫茶店で休憩するなどは職場慣行として許されていたので、右の立寄りは休憩時間の一部を利用したものであるか、或は乗車勤務中の煙草買求めなどのための駐車に類する慣行行為である。従つて申請人の右立寄りはいずれの点からみても、職場秩序をみだすものとの疑をさしはさむ余地はなかつたのである。

(二)  仮に申請人を懲戒委員会の審査に付することに瑕疵はないとしても、労働協約第四七条柱書の但書を適用しなかつた違法がある。即ち、右の但書については、被申請会社は客観的に妥当な適用をすべき義務を負うが本件の場合はこの但書を適用すべき事案であるので、申請人を休職にしたことは、右但書を適用しなかつた違法がある。

(三)  仮に休職に処することが適法であるとしても、休職中賃金を支払わないことは次の理由で違法である。

(1) 労働協約第五〇条の賃金不払の規定は労働基準法の賃金支払保障の強行規定に違反して無効である。即ち、使用者が労働者の就労を拒否し且つ賃金支払債務を免かれうる場合は、その就労拒否が使用者の責に帰すべからざる事由に基く場合に限定される(民法第五三六条第二項、労働基準法第二六条)が、懲戒委員会の審査に付することはただちに使用者の責に帰すべからざる事由に該当しないからである。

(2) 仮に労働協約第五〇条が無効でないとしても、本件事案そのもの、さらには被申請会社の責任において懲戒委員会の審査が不当に長びいていることなどを考えると、本件休職には同条第一項但書が当然適用されるべき場合であり、従つて被申請会社は休職処分の当初からか、或は妥当な期間経過後はこれを適用すべき義務があるのに、一年余り申請人に賃金を支払わないことは右の義務に反して違法である。

三、のみならず本件解雇も次の理由により無効である。

(一)  申請人の立寄りの実状は前記二の(一)に詳記されているとおりであるから申請人の右行為は就業規則第八四条第三号の「職務上の指示命令に不当に反抗した」との要件に該当せず、又、同条第八号はその補則に規定されているとおり主として業務上の不正事故、たとえば背任横領を指すもので、申請人の右行為はこれに該当せず、更に同条第九号第八三条第三号の「会社の物品を持出した」との要件にも該当せず、したがつて同規則第七〇条第一〇号にも該当しないので、本件解雇には就業規則の適用を誤つた違法がある。

(二)  仮に申請人の右行為が申請人主張の就業規則の右条項のいずれかに形式的に該当するとしても、

(1) 本件解職は政治的信条を理由とする解職であつて憲法第一四条労働基準法第三条に反する違法がある。即ち、被申請会社は右程度の立寄りが他の私用のためならば解職しないのに、申請人の右行為がアカハタの受取及び配布のためになされたものであるため、被申請会社はこれを嫌悪し、本件解職をしたものである。

(2) 本件解職には就業規則第八四条柱書の但書を適用しなかつた違法がある。即ち、申請人の右立寄りの実状が前記のような程度、態様であつてみれば被申請会社に実害のないこと、申請人は被申請会社側において右立寄りを問題としていることを他から聞かされて反省し自発的にその行為を止めたこと等の情状を考慮すると、右但書を適用すべき事案であるのに、これを適用しなかつた違法がある。

四、以上の次第であるから被申請会社は本件休職中も申請人に対する賃金債務を免れず、本件解職が無効である以上、申請人は被申請会社の従業員たる地位を有し、同三六年五月九日以降の賃金支払請求権を有しているが、申請人は同月二五日金一四、〇〇〇円の支払をうけたにすぎず、その余の支払をうけていない。したがつて、申請人は被申請会社に対し従業員の地位確認並びに賃金支払請求の本案訴訟を提起すべく準備中であるが、申請人は他に何らの資産なく、被申請会社から支払をうける賃金を唯一の収入としているものであつて、ただちに未払の賃金及び今後の各月の賃金の支払をうけなければ著しい損害をうけることは明白である。

よつて本件申請に及んだ。

五、被申請人主張第一項は争う。

同主張第二項のうち、その主張のように申請人が申請を変更したことは認めるが、申請の基礎には同一性がある。

第三、被申請人の主張

一、休職の無効を前提とする本件申請部分(休職中の賃金支払を求める部分)は却下されるべきである。即ち、申請人の主張自体からも既に申請人が休職状態におかれていないことは明白であり、仮処分命令を申請する利益は存しないからである。

二、申請人は同三七年五月一六日付仮処分命令申請書においては「被申請人は申請人に対し同三六年五月九日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り、一ケ月金三三、八四〇円の割合による金員を支払え」との判決を求め、同三七年七月五日付準備書面において「被申請人は申請人を従業員として取扱え、被申請人は申請人に対し同三六年五月九日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一ケ月金三三、八四〇円の割合による金員を支払え」との判決を求めて申請の趣旨を変更し、申請人主張第三項の理由を追加して申請を変更しているが、両者は申請の基礎に同一性がなく、又迅速を要求される仮処分手続においては遅滞を生ぜしめるから、右申請の変更は許されない。

三、申請人主張第一項の事実はいずれも認める。但し、申請人の賃金は固定給と歩合給に分れ、休職発令当時の固定給は一〇、五〇〇円である。

四、申請人を休職処分及び解職にした理由は次のとおりである。

(一)  申請人は被申請会社の自動車運転手として、同三五年四月より被申請会社の三国集荷所(大阪市東淀川区三国本町所在)に、同年六月以降被申請会社の船場荷扱所(同市東区南久太郎町四丁目二八番地所在、別紙図面赤三角点)に所属し、被申請会社の中津車庫(同市大淀区中津南通り二丁目所在、別紙図面赤四角点)に格納されている自動車に乗務して駅出作業(荷扱所或は集荷所又はそれ等の管内地区より貨物を自動車に積載し梅田貨物駅(別紙図面朱色矩形で示すところ)まで運搬し取卸しする作業)、集荷作業(荷主の庭先より貨物を集荷して荷扱所又は集荷所まで運搬する作業)、その他の作業に従事していたが、自動車の運転経路は次のように被申請会社から指示されていた。

1 三国集荷所所属期間

<1> 中津車庫に出勤し、自動車を運転して三国集荷所へ行く場合の経路。

中津車庫―→西田西踏切線(北上)―→福知山大阪線(北上)―→三国集荷所(別紙図面朱線で示すとおり。なお―→は車の進行方向を示す、以上同じ)

<2> 駅出作業の場合の経路

三国集荷所―→福知山大阪線(南下)―→大阪駅北通線(西入)―→梅田貨物駅

2 船場荷扱所所属期間

<1> 中津車庫に出勤し、自動車を運転し船場荷扱所へ行く場合の経路

中津車庫―→西田西踏切線(南下)―→江戸堀十三線(南下)―→今橋筋線(東入)―→築前橋樋橋線(南下)―→大阪港線(東入)―→御堂裏通(南下)―→農人橋筋線(東入)―→船場荷扱所

<2> 駅出作業の場合の経路

(イ) 船場荷扱所―→一級国道二五号線(北上)―→福知山大阪線(北上)―→大阪駅北通線(西入)―→梅田貨物駅

(ロ) 船場荷扱所―→御堂裏通(北上)―→大阪港線(西入)―→築前橋樋橋線(北上)―→南北線(北上)―→梅田線(北上)―→梅田貨物駅

右(ロ)の経路は(イ)の経路の当日の交通事情により利用する。

又右<1>、<2>の(イ)(ロ)の運行経路の復路は通常<2>の(イ)の経路を逆行するが、当日の交通事情により<1>或は<2>の(ロ)の逆経路をとることもある。

3 梅田貨物駅から中津車庫に帰庫する場合の経路

<1> 福知山大阪線(北上)―→豊崎鷺洲線(西入)―→車庫(以下(A)線という)

<2> 西田西踏切線(北上)―→車庫(以下(C)線という)

4 その他集荷作業、区域外輸送等の場合の経路

一定していないが、運転手の適切な判断に委されている。

(二)  ところで、申請人は同三五年四月以降同三六年四月まで、約一年間の長期に亘り、およそ連日午前と午後の二回乗務作業中、私用のため前述の運行経路外である関西労音倶楽部と浜田宅に立寄つた。その経路は次のとおりである。

<1> 済生会通西線(別紙図面青線の経路で(B)と記載されているところ、以下(B)線という。)を通つて、関西労音倶楽部に立寄つた。

<2> 大阪商業南通線、加島天下茶屋線(別紙図面青線の経路で(D)と記載されているところ、以下(D)線という。)を通つて浜田方に立寄つた。

しかして、(B)線は(A)線に比べ巾員が狭く、運行に不便であり、(D)線は(C)線に比べ距離、当時の道路状態からみて、殆んど車は通行せず、いずれも運行経路外である。

(三) 前記のごとく、申請人が業務上の必要によらずして迂回経路を経由して私用を果す行為を反復したことは、業務上の指示命令に不当に反抗し事業場の秩序をみだすものであつて、就業規則第八四条第三号に該当し、又申請人が就業時間中反復して、被申請会社の自動車を無断で私用に供したことは同条第八、第九号第八三条第三号に該当する。

よつて、被申請会社は申請人を懲戒するため懲戒委員会の審査に付し、労働協約第四七条第七号第五〇条第一項本文を適用し、申請人を休職処分にし、賃金の支払を停止していたが、その後懲戒委員会の答申があつたので、被申請会社は申請人を懲戒解職すべきところ、本人の将来を考慮して就業規則第七〇条第一〇号を適用して申請人を通常の解職にしたものであつて、いずれも正当である。

第四、疎明関係<省略>

理由

一、被申請人はその主張第一項の事実を主張して休職の無効を前提とする本件仮処分申請部分は却下されるべきである旨主張するが、申請人の被申請会社に対する休職期間中の賃金支払請求権の存在とその賃金の仮払いを求める必要性がある旨申請人は主張しているのであるから、申請人が現在休職状態にないとはいえ、仮処分命令を申請する利益を有すると解するを相当とするので右主張は採用できない。次に被申請人主張第二項について判断するに、申請人が被申請人主張のように申請を変更したことは申請人の認めるところであるが、本件休職処分から解職まで発展した申請人、被申請会社間の紛争関係は全く同一性があり、申請の基礎は同一性があるうえ、新申請の追加が著しく審理を遅滞させるものではないから、申請人の右申請の変更は許容できる。

二、申請人主張第一項の事実はいずれも当事者間に争いない。

三、そこでまず申請人の本件休職中における賃金請求権存否の前提をなす休職処分無効の主張について判断する。

(一)  申請人はその主張第二項(一)の事実を主張して本件休職処分はその前提要件を欠き無効である旨主張するのでこの点について検討する。

成立に争のない疏乙第五号証によると、就業規則第八二条には、懲戒の種類として譴責、減給、謹慎、左遷、解職の五種を定め、第八三条、第八四条には夫々懲戒事由(その内容は別紙記載のとおり)を列記し、第八九条には従業員の懲戒は懲戒権者の諮問に基づく懲戒委員会の審査を経て行う旨定められていることが疏明されるので、右事実から考えると、休職事由である労働協約第四七条第七号にいう「懲戒委員会の審査に付せられたとき」とは、当該従業員に少くとも前記懲戒事由のいずれかに該当する証拠に裏付けられた一応の嫌疑のあることを前提要件とするものと解するのが相当である。するといまもし被申請会社において懲戒委員会に付議した申請人の行為が、申請人主張のように何ら指示、命令に違反した点はなく、また明かに職場慣行として認められた範囲のものであつて、右懲戒事由に該当する疑の余地がないものであるときは、本件休職処分はその発令要件を欠き無効といわなければならない。よつて本件についてこれをみるに、申請人がさきに被申請会社に入社して以来大阪支店車輛課に所属し、かねて自動車運転手として貨物自動車(中津車庫に格納)に乗車勤務し、昭和三五年四月から三国集荷所に、同年六月からは船場荷扱所に配属され、被申請人主張のような集荷作業、駅出作業に従事していたことは当事者間に争のないところ、成立に争のない疏甲第五号証、疏乙第六号証、証人碓氷貴の証言により成立の認められる疏甲第三号証の二及び三、証人浜田富男、同碓氷貴、同牧野忠治、同奥上三郎の各証言及び申請人本人尋問の結果(但しいずれも後記措信しない部分を除く)を総合すると、次の事実が認められる。

(イ)  被申請会社大阪支店においては、貨物自動車運行の安全及び効率等を勘案し、車庫から荷扱所への出向とか駅出作業の場合における自動車の運行経路を指定し、従業員に貨物自動車の運転手として乗車勤務を命じる場合には、これにさきだち数ケ月間は先任運転手に助手として陪乗せしめ、運転手をして当該助手に右経路を指示修得せしめていたので、申請人も右の方法により被申請人主張の各場合にはその主張のようなA線、C線等の指定経路を運行すべき旨指示されていたが、申請人は当時購読していたアカハタを受取るため、右三国集荷所に配属期間中梅田貨物駅から中津車庫に帰庫するに際し、夕方週一回指定経路でないB線を運行し、その沿道にある関西労音倶楽部に寸時立寄り、また、船場荷扱所に配属後も同三六年四月初め頃までの間中津車庫から梅田貨物駅に出向の際或は前記帰庫の際などに午前中週二、三回右と同じ経路を運行して同倶楽部に寸時立寄り、他方右受領のアカハタを同僚の自宅に配付するため、同年一月から同年四月初め頃までの間前記帰庫に際し、夕方週三回位D線を運行し、その沿道にある浜田富男宅に寸時立寄つていた。

(ロ)  ところが同年三月二五日頃、当時申請人と同乗していた助手加地正和が同支店車輛課配車係長牧野忠治に対し、他の運転手と組替えて貰いたい旨申し出たことから、被申請会社は、申請人の前記二個所への立寄りの事実を知り、直ちに従前申請人と同乗したことのある数名の助手のうち三名について右立寄りの状況を聴取し、田中雅夫助手からは、同三五年四月一五日から同年六月一五日までの間毎週土曜日の夕方約一〇分間前記倶楽部に立寄つていた旨、鷹木正男助手からは、同年同月一六日から同年八月一五日までの間大体数日おきに同所に立寄つていた旨、加地助手からは、同三六年三月二四日以降殆んど連日午前と午後の二回前記二箇所に立寄つていた旨の各証言を得、なお申請人からも、昼食後に車輛整備等のため中津車庫に帰庫の途次、アカハタ購入のため右倶楽部に立寄つていた旨の顛末書の提出を受けた。そこで被申請会社はこれらの証拠により申請人が同三五年四月以降約一年間に亘り、およそ連日午前と午後の二回、乗車勤務中私用のため指定経路外を運行して前記二個所に立寄つていた事実があると認定し、申請人を懲戒処分する必要ありと判断し、申請人を懲戒委員会の審査に付するに至つた。

以上の事実が認められる。前掲疏明資料のうち前記(イ)の認定に反する部分の措信できないことは後に記載するとおりである。

果して右疏明のとおりとすると、被申請会社が前記懲戒委員会に付議した事実は、必ずしも申請人の立寄り状況の真相を把握したものではなかつたけれども、とにかく一応の証拠により裏付けられていたこととなり、右事実を就業規則所定の懲戒事由の規定に照すと、被申請会社において、申請人が乗務作業中私用を果すため約一年に亘り反覆して指定経路外を運行していたとの点を就業規則第八四条第三号に該当する嫌疑があつたものと認めたのは相当であるので、本件休職処分が労働協約第四七条第七号の要求する前提要件を欠くとの申請人の右主張は採用できない。

(二)  次に申請人主張第二項(二)につき判断するに、成立に争のない疏甲第二号証により明かなように前記労働協約には、休職処分を受けた従業員は、休職期間中は原則として賃金の支払を受けられず(第五〇条)、また休職期間は勤務期間に算入されない(第四九条)旨定められており、従つて休職処分が従業員にとつて著しい不利益処分として規定されていることを考えると、労働協約第四七条柱書の但書の適用は会社の自由な裁量に委されているのではなく、合理的範囲においてこれを適用すべき義務があるものと解する。そして右の合理的範囲とは従業員が懲戒委員会の審査に付された際、その従業員において、就労することにより、同種の秩序違反を反覆するおそれがあること、証拠湮滅を計るおそれがあること、他の従業員に悪影響を与えて職場秩序をみたすおそれがあること、或は会社の取引先に対し悪感情を与え会社の信用を失墜するおそれがあること等会社が経営を行う妨げとなる場合を指すものと解するを相当とするから、然らざる場合の休職処分は情状の判定につき客観的妥当性を欠く違法の処分となり無効であるといわなければならない。そこで本件についてみると、前掲疏甲第五号証、証人碓氷貴の証言により成立が認められる疏甲第三号証の一ないし九、証人浜田富男、同奥上三郎の各証言及び申請人本人尋問の結果に弁論の全趣旨を合せ考えると、申請人は休職発令以前の同三六年四月初め、右乗車勤務中の立寄りを日通労働組合大阪地区梅田分会の役員に注意されてとり止め、その後休職処分発令まで他の運転手と全く同じに勤務し、同支店の川西車輛課長にあて「寄り道についても反省し、以後一切行つていない」旨の顛末書を提出していたこと、従つて休職発令当時被申請会社は申請人の就労を拒否しなければその経営が妨げられるおそれはなかつたことが疏明され、右に反する証拠はない。

右疏明事実によれば、本件は労働協約第四七条柱書の但書を適用すべき事案であることが肯認される。

よつて、被申請会社が右の但書を適用せず申請人を休職処分にしたことは違法であり、その余の主張に対する判断をまつまでもなく本件休職は無効である。

四、進んで申請人の本件解職無効の主張について判断する。

被申請人は本件解職の理由として、申請人が同三五年四月以降同三六年四月まで約一年間に亘り、およそ連日午前と午後の二回乗務作業中、私用のため被申請会社の指定経路外であるB線、D線を運行して関西労音倶楽部と浜田富男宅に立寄つていたとの事実を主張するが、これに対する当裁判所の判断は、前項(一)の(イ)に記載したとおりである。しかして右認定に挙示した疏明資料のうち、右認定に反する証人奥山三郎の証言及び申請人本人の供述部分は前掲証拠に照らし措信できない。また前掲疏甲第三号証の三の右立寄り日時に関する鷹木正男及び加地正和の各証言部分の記載は、前者については同号証の二に記載されている懲戒委員会の第一回期日における川西車輛課長(車輛部長との記載は誤り)の「殆んど毎日だから出勤簿により出勤日を調査し、その日に立寄つたものとした」旨の発言、証人碓氷貴の同旨の証言、申請人本人の同旨の供述に照らして措信できず後者についても証人牧野忠治は同三六年三月二九日右加地を申請人の自動車に陪乗させることを止めさせた旨証言しているのに、右加地の証言部分の記載には同月三一日以降四月四日までの記載があつて、右証人牧野忠治の証言と矛盾するうえ、時間の点が余りにも正確に記載されているのでたやすく措信できず、他に右に反する証拠はない。

ところで本件解職は、就業規則第七〇条第一〇号の適用による普通解職であるが、右は前段に疏明された申請人の行為が同規則第八四条第三号、第八号及び第九号(第八三条第三号該当行為にしてその情状が重いもの)に該当し、懲戒解職に値することを理由としてなされたものであるから、解職処分そのものとしては実質的に懲戒にほかならない。ところが他方就業規則では前記のとおり懲戒の種類を譴責、減給、謹慎、左遷、解職の五種とし、第八三条に譴責、減給、謹慎、左遷事由を、第八四条に謹慎、左遷、解職事由を列記していることを合せ考えると、本件解職が就業規則の正当な適用によるものとしてその効力を是認されるのは、申請人の前記行為が右第八四条に該当し、且つ企業秩序を維持するうえからは、少くとも申請人を被申請会社から終局的に排除することだけは、社会通念上やむをえないものと認められる程度にその情状の重い場合でなければならないものと解するのが相当である。

よつてまず右疏明された申請人の行為が、被申請人の指摘する就業規則所定の懲戒解職事由に該るかどうかを判断する。

同規則第八四条第三号の「職務上の指示命令に不当に反抗し事業場の秩序をみだしたとき。」とは、単に職務上の指示命令に正当の理由なく服従しなかつただけでなく、これに従わないことについての当該従業員の態度が強固であるとか、反抗的であつて諸般の状況からみてたやすくその遵守を期待できないことが推認できる場合を指すものと解するのが相当である。けだし右の場合にして、はじめて職場規律の違背が大なるものとの評価を受け、重い懲戒処分である解職(但し情状により謹慎または左遷)事由として規定したことの合理性を肯定しうるからである。そこで本件にあつては、なるほど申請人は前記状況のもとに指定経路外であるB線運行を約一年間、同じくD線運行を約三ケ月間反覆していたわけであるが、その間被申請会社から右運行について特別の注意を受けたことの疏明はない。もつとも証人牧野忠治は、前記加地助手から乗組変更方希望の申出を受けた二、三日後、既に申請人に対し乗車勤務中の前記各場所への立寄りについて注意を与えた旨証言するが、右証言は前掲疏甲第三号証の二にある川西車輛課長の、右立寄りについては従前申請人に注意を与えていない旨の発言の記載及び申請人本人尋問の結果に対比するときは、たやすく措信できない。むしろ事の真相は、牧野証人の証言の一部に申請人本人尋問の結果を総合すると、加地助手が牧野係長に対し前記乗組変更を希望する理由として、申請人が荷物の積み卸しの際などに助手に非協力的であり、また前記二個所へ立寄る旨指摘して能率があがらず、賃金に影響すると訴えたので、牧野係長は同年三月二七日頃申請人に対し、助手の取扱についての注意をしたが、その際右立寄りの目的がアカハタの受取り及び配付にあつたことを重視し、反つて右立寄りの点については、加地からの申出の内容の一部として申請人に伝えたにすぎなかつたことが疏明されるし、他方申請人においては既に前記のとおり反省して同年四月初めB線、D線の運行を取り止めている以上、申請人の右路線の運行が夫々前記期間に亘り反覆されていたというだけでは、直ちに指定経路運行の指示に不当に反抗したものと断定することはできず、他にこれを肯定するに足る疏明はない。

次に、同条第八号の「業務に関し会社をあざむく等、故意または重大な過失により会社に損害を与えたとき。」に該当するかを検討するに、前掲疏乙第五号証により明かなように同条補則に「本条第八号は主として業務上の不正事故、たとえば背任横領をいう。」旨規定されている趣旨を考え合せると、右第八号は、業務が正常に運営されるについては信頼関係が不可欠のものとして要求されるところから、故意または重過失により会社に損害を与える行為のうち、特に業務上の背信行為ないし業務に関連した欺罔行為による財産侵害を重視し、これを独自の懲戒事由としたものと解されるが、前掲疏乙第六号証に証人浜田富男の証言及び申請人本人尋問の結果を総合すると、B線はA線、C線に比し距離的に差はなく、A線の車輛輻湊時にはむしろ時間的に近道であるため、他の運転手も時にB線を運行することがあり、D線はC線の迂回経路であるが、その迂回距離としては約四〇〇米余のものにすぎず、D線沿道には被申請会社のガソリンスタンドが設けられていた関係上、他の運転手も同線を運行する場合のあることが疏明され、右事実から考えると、いずれにしても梅田貨物駅から中津車庫への帰庫或は同車庫から同貨物駅への出向に関する限りB線、D線の運行は、未だその目的を全く逸脱した性質のものでないことが窺われる。従つて前記申請人のB線、D線運行は、なるほど一面私用を果すためのものである以上、自己の利益を図つた事実はこれを否定することができないけれども、同時に被申請会社のための乗車勤務としての運行であることが明かであるから横領行為と断定することはできない。しかしながらもし右運行により被申請会社が損害を蒙つた場合は、単に指定経路運行の指示に従わなかつたという職場規律の違背に止らず、背任行為としての評価を受け、同号に該当する行為と認めるに妨げないところ、被申請人は、前記申請人のB線、D線運行及びその運行途上における立寄りが被申請会社に如何なる程度の損害を与えたかについては何ら具体的な主張をしない。もつともD線が指定経路であるC線に比し迂回経路であることは前記のとおりであるけれども、申請人のD線運行の回数、期間及びその迂回距離がいずれもさきに疏明された程度のものであり、さらに前掲疏甲第三号証の一ないし九により明かなように懲戒委員会の審議の経過においてもD線運行による損害の点については、特に論議の対象ともなつていないことを合せ考えると、前記申請人のD線運行により、たとえ被申請会社に多少燃料等の点で損害が生じたとしても、右の損害は全く僅少のものと推認されるところ、前記補則の文言に照らしても、かかる損害は同条第八号にいう会社に与えた損害として問題視すべきものではないと解するのが相当であり、従つて前記申請人の行為が同号に該当するとするには、その疏明がないといわなければならない。

次に同条第九号の「前条各号の一(即ち第八三条第三号許可なしに会社の物品を持出し、または持出そうとしたとき)に該当し、その情状が重いとき」に該当するかを考えると右にいう物品持出しとは、会社の占有している或は従業員が会社のため保管している会社の物品につき、一時的にせよ会社の支配を排除し従業員が恰もその物品を自己の所有するがごとき支配におくことを指すものと解するを相当とするが、前記申請人の行為は右疏明のとおり私用のための僅かな廻り道をしたにすぎず、その間被申請会社の自動車に対する支配を一時的にせよ排除したとはいえないので、右条項に該当しない。

しかして前記申請人の行為が就業規則第八四条の他の各号に該当しないことは、弁論の全趣旨により疏明される以上、既に説示したところから明かなように、被申請会社が就業規則第七〇条第一〇号を適用して申請人を一般解職にしたのは違法であり、その余の点を判断するまでもなく本件解雇は無効である。

五、以上の理由により本件休職処分及び解職処分は無効であるので申請人は被申請会社に対し右解雇の無効確認を求める権利並びに同三六年五月九日以降毎月二五日一ケ月金三三、八四〇円(三ケ月分の平均)の割合による賃金支払請求権を有するところ、申請人が同年五月二五日一四、〇〇〇円の賃金の支払をうけていることは申請人の認めるところであるのでこれを当事者間に争いのない疏甲第一号証によつて疏明される申請人の平均賃金(一日分)金一、一二八円で控除して計算すると、申請人は同月九日から同月二〇日までの賃金と同月二一日分のうち金四六四円の賃金の支払をうけていることになる。

よつて、申請人は被申請会社に対し同月二一日分の残り賃金六六四円と同月二二日以降毎月二五日限り一ケ月金三三、八四〇円の割合による金員の支払を求める請求権がある。

次に申請人本人尋問の結果によれば、申請人は現在無職でアカハタの配布を手伝つて三食をよばれ、又労働組合等のカンパにより辛じて生計をたてていることが疏明され、右に反する証拠はない。

右疏明事実によれば本件仮処分の必要性は充分に肯認できる。

よつて、本件申請は右の限度において正当であるからこれを認容し、その余の申請は失当であるのでこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 朝田孝 安間喜夫 佐藤貞二)

労働協約

(別紙)

第四七条 会社は組合員がつぎの各号の一に該当するときは、休職を命ずる。ただし、第一号および第四号から第七号までの場合は、情状により休職を命じないことがある。

一ないし六省略

七懲戒委員会の審査に付されたとき

八省略

第五十条 会社は休職期間中の賃金を支払わない。ただし第四七条第六号および第七号の規定によつて休職を命ぜられた組合員に対しては、基準内賃金相当額の全部または一部を補償することがある。

第二項省略

就業規則

第八三条 会社は、社員がつぎの各号の一に該当するときは、情状により譴責、減給、謹慎または左遷に処する。

一 正当な理由なしに無断欠勤したとき

二 第五六条の規定による届出をいつわつたとき

三 許可なしに会社の物品を持出し、または持出そうとしたとき

四 素行不良で事業場の秩序または風紀をみだしたとき

五 火気を粗略に取り扱い、またみだりに焚火したとき

六 故意または重大な過失により、会社の信用を失墜させたとき

七 故意または重大な過失により、運搬具、機械その他の物品を毀損し、または亡失したとき

八 災害予防、災害措置または保健衛生に関する規則もしくは指示に違反したとき

九 業務上の怠慢または監督不行届により、火災、傷害その他重大な事故を発生させたとき

一〇 不正、不義の行為をして、社員としての体面を汚したとき

一一 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき

第八四条 会社は、社員がつぎの各号の一に該当するときは、解職する。ただし、情状により、謹慎または左遷に処することがある。

一 正当な理由なしに、無断欠勤連続一四日に及んだとき

二 他人に対し、暴行、脅迫を加え、またはその業務を妨げたとき

三 職務上の指示、命令に不当に反抗し、事業場の秩序をみだし、またみだそうとしたとき

四 会社の承認を得ないで、在籍のまま他に雇入れられたとき

五 事業の重大な秘密を社外に洩らし、または洩らそうとしたとき

六 職務に関し、不当に金品その他を受取り、または与えたとき

七 数回にわたり懲戒または訓戒を受けたにもかかわらず、なお改悛の見込がないとき

八 業務に関し、会社をあざむく等、故意または重大な過失により、会社に損害を与えたとき

九 前条各号の一に該当し、その情状が重いとき

一〇 その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があつたとき

補則 本条第八号は、主として業務上の不正事故、たとえば背任横領をいう。

(別紙図面省略)

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